沿革・概要
心の中に人はさまざまな願いを秘めて仏の姿を仰ぎ、ご利益に浴する旅立ちの姿が巡礼の大儀の慣わしとなり、太古の歴史に息ずいてきましたが、今日では交通機関の発達や経済的な余裕に加え、何かと旅することが多くなった。それは観光を兼ねた史跡の散策であり、古寺名利の物見遊山であっても、そこには華やいだ歴史の蹤跡と相俟って時代の流れを髣髴とさす信仰の姿が感じられる。西国巡礼の始まりはその起源を多くの書物に見ることが出来るが通説では養老年間(718)に遡り、大和長谷寺の徳道上人が重病で仮死状態の時、閻魔様が観音巡礼を敬えその証として印を渡され冥土より追放された。それで徳道上人が観音巡礼を始めたと伝えられている、その後正暦二年(991)花山法皇が那智山に千日籠り、満願成就の結縁に仏眼上人、性空上人、弁光上人を先達によって順拝されたのが隆盛の礎となっている。
周防国三十三観音霊場は室町時代の初期大内弘世(大内二十四代)が西国霊場を模擬して、山口県の周防地域の霊地に勧請したものである。